結局プルオーバー

二転三転します

無題

2013年のCDJで初めて赤い公園を見た。

荒々しいのに気高くて、それでいて軽やかに去っていく姿に一撃で虜になった。

それ以来ずっと、彼女たちの音楽に救われてきた。

友人関係が崩れそうになった時、KOIKIを聴いて「やらねば」と踏ん張れた。

就職活動で行き詰まった時、長距離バスの休憩で停まったサービスエリアで爆音で猛烈リトミックを聴いてもうちょっと頑張ろうと思えた。

「知らない」のリリースが、自分のことのように嬉しかった。

この先の彼女たちの未来が楽しみで仕方がなかった。

 

たくさんライブに行ったわけじゃないけど、ひとりで行っても、誰かと行っても、帰り道はいつも鼻唄まじりでご機嫌な自分がいた。赤い公園のライブはいつも楽しかった。

どれだけ感謝しても足りない。彼女たちがいなかったらとっくに自分は駄目になっていただろうし、未だに俯いて生きていたとさえ思う。

 

 

その赤い公園津野米咲がいなくなってしまった。

理解できなかった。

 

一緒に住んでいた友達が去年いなくなって、自分の中のあらゆる基準や指標めいたものがすべてバラバラになった。

悲しくて寂しくて悔しくて、なにを考えても彼は戻ってこなくて、次第になにも考えたくなくなって、しばらくは頭がおかしくなっていた。何かにつけては苛立って、すぐに許せなくなって、最終的に人と話すのが怖くなった。

今も、まだちょっと怖い。

素直に生きたいと思う半面、発する言葉に責任を持ちたくなくて、過剰に気を遣ってしまって言葉がうまく出なくなってしまう時がある。

 

 

実際のところ、津野さんに対していま自分がなにを思っているのかも、なにを思うべきなのかも、よく分かっていない。

彼女からもらった音楽や言葉には感謝してもしきれない。それは絶対に変わらない。

この先一生聴き続けることも、これまでと変わらない。

彼女の痛みや苦悩が分からないことも、悲しいけれど、これまでと変わらない。分かりたくても、分からない。

 

のに、何もかも変わってしまった。

 

いま自分はなにを思っているのだろう。駅で行き交う人々を見て無性に叫び出したくなった。なんだか色んなことをぶちまけてしまいたくなった。

もう少し整理してから書こうかとも思ったが、出来なかった。堪え切れなくて、たまらなくなった。

 

 

今はただ、彼女の作った音楽への感謝と、心の安寧を祈っている。どうか安らかであってほしいと、心から願っている。

そう願わないと、やり切れなくて、あまりにも苦しかった。

 

 

 

ただ、ここからは私個人のエゴだけど、やっぱりまだまだここにいてほしかった。

いなくならないでほしかった。あまりに大きかった。

 

寂しいよ。

 

 

 

https://youtu.be/gQpMiooyBWM

「この果実が熟すまで」に蓋をして

長い付き合いの友人が、「中学生の頃はトマトが嫌いで、弁当に入っているといつも仲の良かった私に食べさせていたが、今では自ら好んで食べるようになった」という話を、まあよくする。

かれこれ10年ほど、彼はこの話をしている。トマトや苦手な食べ物の話題になると十中八九この話をする。大体いつも同じトーンでする。変わった点があるとすれば彼のトマトに関する知識量くらいで、それ以外は恐らくあまり変わっていない。

 

 

最近、オードリーのオールナイトニッポンを聴くようになった。

SpotifyPodcastオールナイトニッポン0を聴くようになって自然と食指が動いたような形だが、これがまたどハマりしてしまい、今では毎週土曜日が楽しみで楽しみで仕方がない。

ふたりの掛け合いはどれも傑作なのだが、その中でキン肉マンドラゴンボールに例えたり、10年前とほぼ同じエピソードを出してくる春日に対し、若林が「お前何回その話すんだよ!」とがなり立てる、みたいなパターンがあって、私はそれを聞く度に彼のかつて嫌いだったトマトの話を思い出す。

 

「何回その話すんだよ!」

 

まったくもって同感である。

ただ、このフレーズを出すのはもう何年か待ってみようかな、と思うようになった。いま言ってもそこそこ笑いになるだろうけど、いま我慢すれば後々もっともっと面白くなる気がするし、ショートケーキの苺を最後に食べる派の私としては、ここで苺を食べてしまうのは何だか勿体ない気がしてしまうのだ。

 

この先私たちは一年二年とコンスタントに年を重ね、やがてみんなおじさんになっていく。いつかみんなで集まってご飯を食べている時にでも、彼がまたこの話をしたら「待ってました!」とばかりに喜び勇んで言ってみようと思う。

 

「何回その話すんだよ!」

 

本当に些細で、取るに足らない希望だ。

ただそれでも、この先が些細な幸せのある未来であることを信じて、小さな希望を束にして生きていきたい。この束を握り締めて、この束に囲まれて年老いて、死んでいきたい。どうしたって、結果なんて分からない。だからこそ過程は豊かな方がいいに決まっている。

 

彼が数十年後も気兼ねなくトマトの話が出来るように、この関係を大切にしていきたい。

目を合わせて

大切な友人がひとりいなくなってしまった。

 

彼がいなくなってしばらくは、その事実を受け入れられず、なにか物語の中にいるような浮遊感すらあった。

やがて半年が経ち、あっという間に一年が経った。

この身に降りかかるあらゆる事象がすべて作り物のようで居心地悪く感じると同時に、これは夢で、いつか必ず覚めるものだと心のどこかで本当にそう思っていた。

こんなにもつらく悲しい日々に乗って生き続けていく自信もなかったし、この流れに抗う方法も思いつかなかったから。

身体中を支配し脳内を蝕むこの虚無感と後悔が、現実のものである筈がないと思わずにはいられなかった。

しかしどうだろう。世界は寸分のズレもなく順調に流れていく。世界には私の淀んだ胸の内を慮ってやる義理も道理もないので、これはきっと当たり前のことなのだと思う。私の抱えた悲しみで足を止めてくれるほど、世界は暇じゃない。

ここで漂っていればいつか必ず沈んでいく。深海も住めば都かも知れないけれど、私は日の光が好きだ。進まなければいけないと、少し思うようになった。

 

彼の好きだった作品を見ても、好きだった曲を聴いても、もう彼はいない。思い出や記憶に触れることは出来ても、ああでもないこうでもないと、語り合い笑い合うことはもう二度とできない。

私はそれがあまりにもつらかった。

 

彼はベースを弾いていた。

彼がいなくなって、世界からベーシストがひとり減った。

ならばひとり増やそうと思った。

 

ひどい話だろうか。くだらない話だろうか。はたまた、可哀想な話なのたろうか。

私は、これは他愛のない話だと思っている。些か不謹慎でスカした言い方かも知れないけれど、それは私が及び知る所ではない。知ったこっちゃない。友人関係は世界の尺度では測れない。

 

ねえ、ベースを始めたよ。

 

 

君は、なんて言うだろうか。

 

20:40

午後8時 無性に嫌になる

壊れたまま直されない看板 無精髭 忘れちまえと囃し立てる声 ノンアルコールビール 悲しみに目を逸らしせっせと暮らすこと 淘汰 心象 街角の桜 紺色のスーツに茶色い革靴

みんなつらいけど頑張ってなんとか生きているのよ

なあ 俺は一体なにを思えばいい

心を殺せばいいのか やっと得た心を

したくない それはしたくない

でもどうだ 俺の心が誰を救った なにか残すことができたのか

角を取ったつもりが 削り取っただけなんじゃないのか

なあどうなんだ 誰に聞けばいい

つらいけど頑張ってなんとか生きているあなたに聞いて つらいけど頑張ってなんとか生きていくしかないのよと言われ 俺はどうすればいい

笑えばいいのか そうですねとごまかして こんなこと聞いてすみませんと謝って 俺もなんとか頑張って生きていきますと 小さく拳を掲げて見せれば あなたは つらいけど頑張ってなんとか生きていく俺を見て これでよかったと思うのか

思うんだよな そういう風に出来ているんだ

みんなそうやって生きているんだ

当たり前だ これは当たり前

息を吸って 吐いて 飽きたら忘れて

音楽を聴いて ゴミを捨てて 歌を歌って お茶を飲んで 糞をして また明日も頑張ろうって

くそくだらねえな 辞めちまえ

だらり

心ない言葉に慣れないようにしないといけない。

自分を守るためとはいえ、なにも感じなくなることはとても怖いことだと思う。

この先、感性の死に対して果たして敏感であれるだろうか。

生きていると言えるだろうか。

自信がない。

読みたてホヤホヤは怖い

MAJOR、うえきの法則BLEACHを立て続けに読んだ結果、世間一般の中学生より中学生な気がしてならない。

 

中でも海燕副隊長の"心は何処にあるか"って話、当時より深くストレートに刺さってしまった。

私が年を取ったせいか、取るに足らないプライドや意地が少し削れてきたおかげかは分からないが、この手の話を当時捻くれずに受け止められていたら果たしてどうだったろうと思った。

無理に道化を演じることもなく、飄々と生きていたのだろうか。それとも気概に満ちた若者になっていたのだろうか。今更それを考えたところで、それこそ取るに足らない話ではあるが。

 

とはいえ私を含めた周囲も捻くれた受け止め方をしているように見せてはいたが、実際のところ真っ当にハマっていたのは間違いない。

好きなシーンの模写をしたり、蒼火墜の詠唱を覚えたりと、個体差こそあれどBLEACHを読んだ中高生の典型のような熱を帯びていた。熱は内に秘め、然るべき時に放つべきだと確信したのも、恐らくこの頃だと思う。

そこに関しては今も変わっていないし、こういう考えを持っている自分をそこまで忌み嫌っているわけでもないので、やっぱりこの形で良かったのかも知れない。

 

 

本当にそうだろうか。

 

 

過去とどう向き合うか。これから考えていかなければならない。時間に頼っている場合ではない。

記憶は必ず薄れていく。遠ざかっていく。緩やかに形を変えていく。仕方のないことだ、と思う。抗っても抗っても抗っても、人はいつか忘れてしまう。波に向かって進めば進むほど、次第に押し戻されてしまう。

無理に覚えていようとすればするほど、過去は滔々と形を変えていく。覚えていようと強く願うほど、過去は理想や願望に呑み込まれていく。だからふとした仕草や景色に触れて思い出すことの方が、きっと真実に近いと思う。既にその実感がある。この感覚だけは生涯大事にしなければならない。

 

過去に過不足がないと分かっていても、それでも人は振り返らずにはいられない。

過去を懐かしく思う一方で、疎ましく思うこともある。くだらない見栄に支配されて自分や周囲を傷つけた跡が瘡蓋になる日は来ない。

過去は変わらない。過去は今の自分の在り方で変えられる、なんて言説はほとんどが欺瞞だと思う。解釈ひとつで変えられるほど事実は簡素にできてはいない。

 

懐かしさには時に嘘や改竄が施されている。人に見せるものだから。

疎ましさには嘘や改竄はない。人に見せないものだから。

 

なんと浅ましいことだろう。考えるほどに苛立ちが募る。

ただ、髪が白くなるまで疎ましさや後ろめたさを抱えることは、きっと出来ないだろう。周囲がとうに捨てた重荷を抱えて立っていられるほど、背筋も心も張っていないだろうから。必ず下ろす時は来る。

 

その時私はどう思うのだろう。

ああ楽になったと息をつくのだろうか。

やってしまったと息を呑むのだろうか。

 

果たして後者でありたいのだろうか。

 

「考えては忘れてを繰り返しているうちに、悩んでいる振りばかり上手くなった。

何か考えているようで、分からないことが多すぎていつも投げ出してしまう。

取り止めのないことばかり気にして、大事なものはいつもこぼれ落ちてしまう。

わかっているはずなのに、臆病で向き合うことができずにいる。」

 

 

 

果たしてこれは、誰に対する嘘なのだろうか。