目を合わせて
大切な友人がひとりいなくなってしまった。
彼がいなくなってしばらくは、その事実を受け入れられず、なにか物語の中にいるような浮遊感すらあった。
やがて半年が経ち、あっという間に一年が経った。
この身に降りかかるあらゆる事象がすべて作り物のようで居心地悪く感じると同時に、これは夢で、いつか必ず覚めるものだと心のどこかで本当にそう思っていた。
こんなにもつらく悲しい日々に乗って生き続けていく自信もなかったし、この流れに抗う方法も思いつかなかったから。
身体中を支配し脳内を蝕むこの虚無感と後悔が、現実のものである筈がないと思わずにはいられなかった。
しかしどうだろう。世界は寸分のズレもなく順調に流れていく。世界には私の淀んだ胸の内を慮ってやる義理も道理もないので、これはきっと当たり前のことなのだと思う。私の抱えた悲しみで足を止めてくれるほど、世界は暇じゃない。
ここで漂っていればいつか必ず沈んでいく。深海も住めば都かも知れないけれど、私は日の光が好きだ。進まなければいけないと、少し思うようになった。
彼の好きだった作品を見ても、好きだった曲を聴いても、もう彼はいない。思い出や記憶に触れることは出来ても、ああでもないこうでもないと、語り合い笑い合うことはもう二度とできない。
私はそれがあまりにもつらかった。
彼はベースを弾いていた。
彼がいなくなって、世界からベーシストがひとり減った。
ならばひとり増やそうと思った。
ひどい話だろうか。くだらない話だろうか。はたまた、可哀想な話なのたろうか。
私は、これは他愛のない話だと思っている。些か不謹慎でスカした言い方かも知れないけれど、それは私が及び知る所ではない。知ったこっちゃない。友人関係は世界の尺度では測れない。
ねえ、ベースを始めたよ。
君は、なんて言うだろうか。