結局プルオーバー

二転三転します

いつか悪魔と対決する日を待っている

"大人になる"。なんて大それた表現だろう、といつも思う。

 

一体これが何周目なのか分からないけれど、未だにモラトリアムのような青臭い悩みが鼻をつく時がある。

 

人生において特筆して大きな功績をあげることも血の滲むようような苦労をしたこともなく、なんとなく及第点の毎日を送ってきたくせに、一丁前に腹は立ち、その都度ようし今度こそと勇ましく腰を上げてみるものの、武器も武勲もないものだから結局誰かの顔を立てる事で辛うじてやり過ごしてきた。

最近は自分を肯定してくれる人が周りに意外といる、という事を意識して生活しているからか、そういった愚図ついた悩みもあまり気にならなかったが、どうも単に目を背けているだけのような気がしている。目を背ければ、途端に心がそちらに向かっていく、随分と入り組んだ仕組みにしたものだ。

 

 

 

新しく就職する会社が決まった。

 

何はともあれ、めでたい事ではあると思う。父親にまだ直接報告出来ていないのが気になるところなのだが、25にもなってこの間ぶつけたバイクのミラーの事を父からとやかく言われるのが嫌で避けてしまっている。

4月からいわゆる"安定した職業"に就く訳だが、また以前と同じ事の繰り返しにならないか、父親に怒られる事くらいでビクつく私である為、それが今更心配になってきたのだ。

というのも、私は労働に対して意外とやり甲斐を求めるタイプだったという事実にとうとう気づいてしまったからだ。

人に誇れる仕事、というよりは自分が満足できる仕事をしたいのだと思う。誰かに認められる為に生きていた時期もあったがそんなたわけた時期はもう終わった……はずだ。

ただ、新しく始める仕事がその条件に適しているかが些か不安なのだ。

仕事とプライベートは切り離して生活を送っていくと心に誓ったつもりだったが、どうも私はそういった生き方は向いていないようで、休日も仕事の事が頭をよぎってしまい、あろうことかそのまま居座ってしまう。

だったらいっそオンもオフも無くしてしまえばいい、好きな事を仕事にしてしまえばいいと決めて始めた転職活動だったが、いかんせんそう上手くいくものでもなく、あえなく頓挫し、程なくして今の会社の内定を手にした。

諸々言い訳もしたいところだが、ひとえに私の力不足であり、覚悟が足りなかっただけだ。しかしながら、ここにきて何に重きを置くべきか分からなくなったというのも正直なところある。

 

先のことなんて、誰にも分からない。

未来は自分の手で切り開いていくしかない。

 

分かっている。その通りだ。

 

ただそんなフレーズに背中を押される事を兎角嫌って生きてきてしまったのだ。

 

背に腹は変えられないと言うが、そもそもこういった言葉たちが必ずしも背中を押していると思わないで欲しい。

君たちが背中だと思って遮二無二押しているそれがお腹だった場合、一体どうするつもりなのだ。そんなに無闇矢鱈に押されては嘔吐という嘔吐が止まらない。込み上げてくるものはやる気や元気ではなく単に吐き気だけだ。

 

こういったフレーズを批判する気はないが、"万人受け"の"万人"から漏れた人間が数万単位でいるという事も忘れないでほしい。

もちろんこれまで失敗の多かった人生を変える為にも今まで嫌ってきたものと向き合うことも必要なのかも知れない。ただあらゆる事を許し始めた結果無味乾燥な人間になりかけていたという事実を突きつけられた苦い記憶がほんの数ヶ月前にある以上、おいそれと受け入れる事は出来ない。

 

これがいわゆる、セルフ袋小路。考えて考えて考えた結果、何も分からなくなり、ひとまず蓋をして、また生きていく。

悩みは抱えても荷物にはならない。だからとりあえずそのまま歩を進める事は出来る。とても厄介だ。

 

とても、憂鬱だ。